もしあなたがhiphopダンスが踊れるようになるDVDがあるとしたら是非見てみたいと思いませんか?

ヒップホップダンスwiki(歴史[1990年]) フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

1990年代に頭角を表したのはMC仁義、MURO、B-FRESH、RHYMESTER、MELLOW YELLOWなど。ゴールデンや深夜放送枠にあったダンス番組は「Club DADA」、「Dance Dance Dace」(TRFのSAMとオウジがメイン)、「ダンス甲子園」などである。これらが注目され、LL ブラザーズやZOOやトップフラッシュが人気を得る。ZOOの「Choo Choo TRAIN」はJR東日本とのタイアップもあり全国ヒットとなったが、ファッションをいち早く日本に持ち込んだのも彼らである(ZOOファミリーでもあるBobyがニューヨークの『A LIVE TV』のダンサーからNYファッションを持ち込んだ)。ティンバーランド、ゲス、トミー・ヒルフィガー、DKNY、Polo Sportsなど、リアルタイムファッションを各雑誌が取り上げた。ZOO全盛期のメンバーは、Taco、Naoya、Mark、Satsuki、ルーク、Hiro(現在EXILE)、Cap、HIsami、Sae。

アンダーグラウンドのシーンでは、「ブラック・マンデー」のYOU THE ROCK & DJ BEN、「FUNKY GRAMMAR UNIT」のRHYMESTER、EAST END、MELLOW YELLOW、その他にも、A.K.I.、キミドリ、DJ KRUSH、ECD、MURO などがいた。
「DA・YO・NE」(EAST END×YURI )、「今夜はブギーバック」(スチャダラパーと小沢健二)、「Bomb A Head!」(m.c.A・T)の大ヒットが後押しする形で、1990年代半ば頃からJ-POPを聞いていた人たちにもラップミュージックが認知されるようになる。これらの動きはDragon Ashの登場、RIP SLYMEやKICK THE CAN CREW等の新しいスタイルを持ったユニット登場の端緒となっていった。

1990年
MC仁義、童子-Tなどが所属していたZINGI主催のイベントYoung MC's In Townがスタート。またDJ Doc Holiday(須永辰緒)がインディーズレーベルRhythmを設立。このレーベルにはYOU THE ROCK & DJ BEN、Gas Boysなどが参加していた。
この頃にスチャダラパーがクルーリトル・バード・ネイション(Little Bird Nation)を結成。TOKYO NO.1 SOUL SET、脱線3、かせきさいだぁ≡、四街道ネイチャー、SHAKKAZOMBIE、A.K.I. Production等のグループを登場させるきっかけを作る。
ニュー・ジャック・スウィングの申し子とも呼ばれたボビー・ブラウンが来日。
1991年
スチャダラパーが『タワーリングナンセンス』でキューンソニー(現在のキューンレコード)より、高木完が『フルーツ・オブ・ザ・リズム』でEPICソニー(現在のエピックレコード)よりメジャーデビューを果たす。メジャー・フォースが一気にメジャーへ進出した。
「ダンス甲子園」(天才・たけしの元気が出るテレビ!!)がスタートし、M.C.ハマーが来日。
1992年
dj hondaが、DJ Battle World Supremacyにて準優勝を果たす。
MURO、TWIGY、GoなどによりMICROPHONE PAGERが結成、それまで目立っていたオーバーグラウンド進出へのカウンタームーブとしての活動を始める。
ECDがファーストアルバム『ECD』をリリース。
1993年
Run DMC、アイス・キューブなどといった大物アーティストが続々来日する一方で、ストリートシーンを中心にシーンが停滞した。
4月、RHYMESTERが『俺に言わせりゃ』でファイルレコードよりデビュー。同時期にFUNKY GRAMMAR UNITの原型が立ち上がり、EAST END、MELLOW YELLOWなどが参加している。
m.c.A・Tの『Bomb A Head!』がリリースされる。
キングギドラやラッパ我リヤが結成される。ラッパ我リヤの当時のメンバーには三善善三も含まれていた。
1994年
イギリスでDJ KRUSHがヒップホップをインストゥルメンタルとして表現する前代未聞のムーブメントを起こす。この動きは後にトリップ・ホップのブームと結びつき、欧州を中心に高い評価を受ける。
EAST END×YURI の「DA.YO.NE」、スチャダラパーと小沢健二による「今夜はブギーバック」がリリースされる。
1995年
BUDDHA BRANDがアメリカ合衆国から帰国。
Lamp Eye、キングギドラ等がデビュー。日本で最も有名なクラシック「証言」がドロップされる。このころ活躍し始めたのは、Lamp Eye、YOU THE ROCK★、G.K.MARYAN、TWIGY、ZEEBRA、DEV LARGEなど。
名コンピレーション『悪名』が発売。人気を博し、シリーズ化された。RINOはこのコンピで評価され、UZIなども知られることになる。
テレビ東京『浅草橋ヤング洋品店』にて、ハードコアヒップホップグループ「雷(雷家族の前身グループ)」が結成される。当時の勢いは凄まく、DABOのように雷の影響を受けたと公言をはばからないアーティストも多い。『カミナリ c/w 夜ジェット』がアナログで発売され、彼らの代表曲となる。
NHK『おかあさんといっしょ』1995年11月・12月の歌として、ラップ調の童謡『サラダでラップ』が発表される。
TOKYO FMにてYOU THE ROCK★のラジオ番組『HIP HOP NIGHT FLIGHT』が放送開始(1998年5月に終了)。
1996年
4月24日、YOU THE ROCK★の「THE SOUNDTRACK '96」がリリース。ECD、TWIGY、LAMP EYE(RINO,GAMA & DJ YAS)、MUMM-D、DEV-LARGE、HAB I SCREAM、E.G.G.MAN、UZI、MACKA-CHIN、HAC、DJ TSUTCHIE、DJ MASTER KEY、DJ MAKI、DJ WATARAI、INOVADER、etc...と数多くのプレイヤーが参加したクラシックスの呼び名も高い作品となった。
BUDDHA BRANDの「人間発電所」がリリース。この曲によって'90年代の日本のヒップホップシーンがさらに加速したと言えるほどの大反響を及ぼした。アナログは現在かなり高額で取引されている。
7月7日、ECD主催のHIP HOPイベント「さんピンCAMP」が日比谷野外音楽堂にて行われる。約4000人の観客のうち80%は男性。アンダーグラウンドシーン活躍のアーティストたちが大きな舞台を見せつけて成功をおさめ、今では伝説のライブとして語り継がれている。後にビデオ、DVD化された。
1997年
DA PUMPがデビュー。それまでの「男性アイドルグループ=ジャニーズ」という常識を覆した。後に著名DJらとのコラボレーションやダンス番組のMCなども果たす。
4月5日、J-WAVEにてRIKOのラジオ番組「Hip Hop Journey -Da Cypher-」が放送開始(2002年3月30日に終了)。
1998年
日本人プロヒップホップダンサーENGIN#9が、世界のブレイクダンスチームの最高峰New York City Breakersの正式メンバーとしてメンバー入り。
THA BLUE HERBの『STILLING STILL DREAMING』、Shing02の『緑黄色人種』がリリース。共にアンダーグラウンドのクラシックとして評価され、東京以外の、アンダーグラウンドと呼ばれる層が明確化。
1999年
10月、ZEEBRAとDJ KEN-BOによるTFM系全国27局ネットでのレギュラー番組「BEATS TO THE RHYME」が放送開始。
Dragon Ashが登場し、サードアルバム『Viva La Revolution』をドロップ。Dragon Ashのラップミュージックの要素を多く取り入れた作品は、賛否はあれどメジャーシーンにおけるラップミュージックの立場をより強固にした


今までとは違う、ヒップホップダンスを身に付けてみたいと思いませんか?

Yahoo!ブックマークに登録

無料メールマガジン

私は本気であなたのお役に立ちたいと思っております。ヒップホップダンスに関するお得な情報を不定期ではありますが配信させていただいております。(※佐久間浩之本人によるメルマガではございません)登録・解除はいつでも可能なのでお気軽にどうぞ。
お名前:
email : 

MENU

ヒップホップダンスwiki

当サイトについて